【ロケ地】当時の高地の戦場を完璧に再現するためのロケハンは7カ月に及んだ。全国100以上の山を探し回ってようやく選ばれたのが、慶尚南道(キョンサンナムド)咸陽(ハミャン)に位置する海抜650mの“白岩山(ペガムサン)”だ。2009年に実際に大きな山火事が起きた跡は映画には最適だった。しかしあまりに険しく、機材を運ぶことはおろか人がまっすぐ立つことも困難な山だったため、スタッフもキャストも予想以上の苦労を強いられることになった。【当時の再現】高地戦は、平地の戦争に比べて資料が足りない。そこでスタッフは、現役兵はもちろん帰還兵まで広く聞きとりを行い、当時のリアリティの再現にこだわった。美術チームは現地に4ヶ月間駐在。除草作業ののち、木の枝や小石を手作業で取り除くだけでも1ヶ月半を要した。急な傾斜の感覚、混在する古い戦闘と新しい戦闘の足跡を表現するためには30人の少数精鋭アーティストたちが集結、さまざまな塹壕、連絡壕などを堀り上げた。やはり什器は使えず、手で土を掘る作業が延々と続いた。また、兵士たちの軍服も徹底した資料調査を通じて新調したほか、当時使った軍用品も空輸で取り寄せた。今でも当時の記憶を持つ証人たちがいる時代を描くため、細部に至るまで妥協なき再現が貫かれているのだ。【史上初の高地戦撮影】立っているのも大変な90度近い急な傾斜は、リアリティを再現するには最適でも撮影には不向き。撮影機材を隠す場所もなく太陽光の制御もままならない高地では既存のワイヤーカムが使えないため、スタッフは独自の撮影機材を発明するほかなかった。高地の頂上とふもとに柱を設置、間に張ったワイヤーに逆さまにぶら下がる “御輿カム”を設置して、斜面を上下に移動する兵士を衝突しないギリギリの近さで撮影。加えてグリップ班が4人がかりでカメラを担いで並走した。また、キャスト全員に厳しい訓練が課せられた。険しい山を登るのに特別な装備などないため、とにかく自力で登りながら、銃も構えなければならない。特に隊員役に選ばれた30人には、実弾での射撃を含めた軍隊さながらの訓練が、5週間にわたって課せられた。その成果は、スクリーンに見事に焼き付けられている。【14,000余の人員と45,000発の銃弾】この映画の壮大さは、投入された人力と火力にも如実に現れた。1シーンを撮影するたびに少なくとも数十人、最大で400人を超えるエキストラを動員。普通の戦闘シーンの撮影でも30人のスタントマンが常駐、大規模な戦闘にはスタントマンだけで150人が参加している。当然、火力の規模も莫大。大爆破シーンでは実物の銃器61丁に加え、500余丁のレプリカが準備され、ダイナマイト240kg、起爆薬24,000発が使われた。